第3回 戦争体験談語り継ぎ部養成講座 実施報告

12月24日(火)第三回 戦争語り継ぎ部養成講座を山本 安彦 氏と安富 清 氏を講師にお迎えし、開催しました。

山本氏は昭和20年海軍を志願し、商船学校の機関科に入学。

「日本の軍隊ほど規律正しい軍隊はない」と小学校教育(義務教育)に力を入れていた日本の教育を、当時の小学6年生の国語の教科書から抜粋した資料を基に話されました。

また、靖国神社社頭掲示から、当時の若者の家族にあてた最期の手紙を読まれました。

 

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「武士道精神については、相手をお互いに敬う事。 無駄に死ぬな、あくまでも生きることを考えよという事であり、決してお国の為に死ぬ事ではない」と話されました。

また、覚えることを求められていたという軍人勅諭を

「ひとつ 軍人は忠節を尽くすを本文とすべし。ひとつ 軍人は礼儀を正しくすへし。ひとつ 軍事は武勇を尚ふべし。ひとつ 軍人は審議を重んずべし。ひとつ 軍人は質素・倹約を旨とすべし。」

等、隣席の安富氏にも確認をとられながら話されました。

 

安富氏は大正10年生まれ、御年92歳 姫路に入営。当時は上官には絶対服従、悪くなくてもビンタを受ける毎日を送っていたとの事。

その後転属し、生き神様のようないい上官に恵まれ、工兵として台湾・マニラ・セブ島・ミンダナオ島・ハルマヘラ・ニューギニアなどへ。

 

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「いつ襲ってくるか分からない敵の襲撃から逃れるために、山の斜面に穴を掘り、寝泊りをした」

「顔面や背中に魚雷がかすった」

「岸の船は蜂の巣状態になっていた。栄養失調で(亡くなった仲間を夜中に穴を掘り骨が取れる朝まで、ガソリンを継ぎ足しながら火葬したこと」などを話されました。

「引き上げ船に乗る際、42度の高熱で乗船が無理だと言われたときに、みんなと一緒に帰りたいと思う気持ちから、死ぬかもしれないと言われながらも複数の注射を打ってもらい平熱に戻り、一緒に帰って来れた」と話されました。

「当時の哀れな死に方を親なら見ておれないだろう」と話される言葉に、哀しい末期の光景が受講生の皆様にも感じられたことでしょう。

 

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中央公民館の戦争語り継ぎ部養成講座は今回をもちまして終了しますが、ブログをみられ、関心を持たれた事がありましたら、いつでもお聞かせください。

お話をしていただきました講師6名の皆様にいつでもお取次ぎをさせていただきます。

戦争のない平和な国がいつまでもいつまでも続きますように、平和の尊さを次の世代に一緒に伝えていきましょう!